#30 待合室
一年前ぐらいだろうか。
ストレスなのか不規則な生活が原因か分からないが、ひどい痒みで私は自分の首を掻き毟り、皮膚がただれた。最初はあまり気にしなかったが、段々と痒みだけでなく、痛みも出てきた。その時に医者に行けばよかったのだが、元来病院嫌いの私は「時が経てば己の治癒力で治るだろ」と、放ってしまった。
そうしたら、今度は両腕が痒くなり、両腕にも同じ症状が出た。
そこで行けばよかったのだ。病院に。でも、行かなかった。巨乳で美人の看護婦さんがいる病院じゃなきゃ嫌だ、そう誓ったのだ。生まれたときに。
「巨乳で美人の看護婦さんがいる病院じゃなきゃおぎゃぁ!」
私をとりあげた先生がびっくりしたらしい。
「この子こそ真のますらおじゃ。はあ、ますらおじゃ。真のますらおならば、我の首をばとってみよ」
先生がそう言うと、私はニタァと笑ったらしい。先生は身震いした。
この子には恐ろしい才能がある。皆川亮二先生の作品にたまに出てくるあの「第三次世界大戦が勃発するぞ」という空気感。その空気感だけを醸し出して、なんやかんや起きないのが皆川亮二マジックだが、この子にはそれを感じない。本気だ。瞳の奥にハーケンクロイツが見える。そう、ヴァジュラだ。この子にヴァジュラを渡してはいけない・・・・・・!
話を戻したい。
首と両腕の痒み、湿疹、ただれを放置して約一年。とうとう目の下の皮膚まで荒れてきたのだ。なんてこった。ここでやっと病院に行く気になったのだ。湿疹だらけの体を放置しておいて、顔に出た途端
「あ、病院に行こう」
そう、思ったのだ。腰上げるの遅すぎやしないか、私。
というか、行きたくない理由があったのだ。
元々私が通っていた皮膚科が一年前ぐらいに閉じてしまった。別の皮膚科に行けばいいじゃないと、お思いだろうが、その別の皮膚科というのがあまりの人気っぷりで「初診で三時間待ち」とかそういうところだったのだ。三時間もあったら瞑想からの座禅、最終的にはヨガファイアができる。そんな時間。
しかし、行ける皮膚科がそこしかない。諦めた。美人の看護婦も、巨乳の看護婦も、網タイツの看護婦も、諦めた。行くしかない。そう決めて、仕事帰りにクソ忙しいと噂の皮膚科に行った。
皮膚科に入ると、すでに受付の前には列ができていた。ほら見たことか。受付が殺気立っているじゃねぇか。
「こちらにお名前を」
しどろもどろしていると、お姉さんが機械的にそう言った。
名前を書いた私は、診察券入れに保険証を入れた。すかさずお姉さんが聞いてくる。
「初診ですか?」
「はい」と私は答えた。
「それではお名前をお呼びしますので、座ってお待ちください」
* * * * * *
10分くらい経っただろうか。
「乾さん、中待合室へどうぞ」
アナウンスが流れる。ブラック・ジャックに落としていた視線を受付に向ける。
中待合室?
聞いたことのない単語が耳に入る。私の他に呼ばれた人たちがぞろぞろと動き出す。斜め前にある緩やかな曲線の壁に仕切られた空間。あそこか?読んでいたブラック・ジャックを本棚に戻し、私も中待合室へと向かう。
中待合室の手前には下駄箱があり、左奥にはベンチ、右手前から奥にかけて丸椅子が四〜五脚ほど置いてあった。靴をスリッパに履き替え、ベンチの奥に腰掛けた。
何だろう、この空間は。狭い、そして落ち着かない。白い引き戸から看護師さんが出てきて、
「〇〇さん、どうぞ」
一人、また一人と白い空間に連れて行く。
「初診で三時間待ち」と噂されていたわりには、十分ほどで呼ばれて驚いたが、この空間にも戸惑いを感じていた。患者数が多いから、ワンクッション欲しい。そのための空間なのだろうか。
ここで、ふと思う。
中待合室の次には何があるのか、と。
皆白い空間に連れて行かれるが、そこに診察室はあるのだろうか、と。
中待合室Part2とかあるんじゃねぇのか。いや、中々待合室か?
「中々中々中々中々中々中々中々中々中々中々中々待合室へどうぞ」
ブチャラティか。進んでも進んでも先生に辿り着かない。待合室のマトリョーシカ現象。
「先生にはいつお会いできるのでしょう?」
「さぁ?先生に辿り着けるかどうかはあなた次第」
と、Mr.都市伝説関暁夫のような口調でにんまり笑いながら次の待合室へ誘う白衣の天使たち。いや、もう天使じゃない。悪魔だよ。
私の妄想が佳境に入ったところで、
「乾さん、どうぞ」
その声にハッとし、白い引き戸に誘われる。虎穴に入らずんば虎子を得ず、そこのけそこのけお馬が通る。乾家に代々伝わる「そこのけ説法〜虎太郎、団子屋お絹とベッドイン〜」を心の中で唱えながら白い空間に入る。
* * * * * *
「お腹を見せて」
私が自分の体に出ている症状をある程度話した後に、先生はそう言った。私の症状はお腹には出ていない。どう考えてもお腹は関係ない。その日二回目のしどろもどろをしていると、後ろの看護師さんに「ほら、お腹出して」と急かされ、お腹を出す私。
「うん、次背中」
背中?もう訳が分からない。困惑しつつも、背中を見せる。
「足の脛も見せて」
だんだん怖くなってきた。自分が何か得体の知れない病気なんじゃないか。「こりゃダメだ!」とか「奇病に決定!」と所ジョージのVTR回転みたいなノリで言われたらどうしよう、そんな不安ばかりが頭をよぎる。その時、先生はポツリと一言。
「アトピーだね」
アトピー。体の様々な部位に痒みや湿疹がでる症状である。先生曰く、
「あのね、君の症状は20歳までに治さなきゃいけないものなんだよ。というか、大人になると自然に治るの。体力がついてくるから。ただ稀に20歳過ぎてもアトピーが治らない人がいる。それが君」
頭に雷が落ちる。先生は続ける。
「でも絶対治るから。この冬に治そう」
その一言を聞いた時、なんでこの皮膚科が人気なのか分かったような気がした。
先生は一通り私に薬の説明をした後、他の患者さんへと向かった。
* * * * * *
アトピーをしっかり治していなかったのが悪かったと思うが、また体に症状が出始めた原因については結局分からなかった。とりあえず薬で大分症状が改善したので、頑張って治していきたいと思う。
体は資本です。皆さんも気をつけてください。(だったら早く病院行けよ)
そういえば、今年初めてのブログでしたね。
今年もよろしくお願いします。